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愛とバラのフランス史

3月中旬の土曜日、伊勢丹新宿でフランス語フランス文学(プーシキンが専門)の研究者である芳野まいさんを講師に招いて、パルファン・ロジーヌのセミナーを行いました。
芳野さんは、大学で教鞭をとったり、NHKラジオで講座をもたれたりと、多彩な活躍をされています。
フォルテが扱う「ザ・ディファレント・カンパニー」の創始者、ジャン・クロード・エレナの著書を翻訳されてから、香りに関わられるようになりました。

ロジーヌセミナーのテーマは「愛とバラのフランス史」
古代エジプトから、ヨーロッパにかけて、いかにバラが社会で重要な存在であったかを話してくださいました。


エジプトは勿論、クレオパトラ。自信の美貌・魅力とあふれるほどの香料、特にバラを使って二人の権力者、シーザーとアントニウスの心を捉えた。
ローマ時代は、もちろん宴会や入浴にバラは、信じがたい量で使われた。
中世ヨーロッパはキリスト教が復権し、禁欲主義傾向のなかで、香水は抑圧された。香りは、病院の役目を果たしていた修道院が、病気の予防、薬としての役目が主流だった。
やがてルネッサンス時代となり、イタリアで香水が発達。メディチ家のカトリーヌがフランスのアンリ2世に嫁ぐ際、調香師を従え、たくさんの香料を持ってグラースを通過した際、植物栽培に適した気候温暖な南仏グラースを香水作りの拠点とすることとなった。
ここからフランスの香水産業が発達する。

フランス香水の黄金時代、ルイ王朝はいくつものメーカーに香水を創らせたが、バラの香りは常に注目の的。ルイ16世やマリーアントワネットの肖像画にも、バラがいくつも描かれている。
ナポレオン一世もオーデコロンを好み、大量に使ったと言われる。
さらに彼の御后、ジョセフィーヌは、庭園師をやとってバラの品種改良に情熱を捧げて、5000種にまでに増やしたと言われる。

高価で稀少なバラは、古代から中世まで、愛の象徴とともに、時代の権力者が自分の権力を示すために使われた。
変わって現代はバラは最高の愛の表現。


このようなバラの歴史的・文化的背景を知ると、日本人が昔から桜を愛でたと同じように、ヨーロッパの人々は昔からバラを愛してきたのだ、だからバラの香りは特別なのだと、理解が深まった気がする。

2018年4月
吉岡 康子

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